
<鉄が育んだ街・北九州>永久貸与の貴重な絵画 企画展「鉄と美術」に行ってみた【北九州市戸畑区】
(アイキャッチ画像:母里聖徳《鐵人》2024年)
1974年(昭和49年)に開館した「丘の上の双眼鏡」こと北九州市立美術館本館は、半世紀経ってもなお斬新で洗練された北九州市のシンボル。
この時代の北九州市は日本の四大工業地帯のひとつで、“鉄の都”として今以上に熱気と活気がありました。
そんな北九州市立美術館本館で3月15日まで、企画絵画展「鉄と美術」が開催中。筆者は、ぜひ間近で観たい興味深い作品があったので、早速鑑賞してきました。
今回はその様子をレポートします。

鉄が育んだ芸術と戦時の記憶
今回の「鉄と美術」展は、鉄を題材とした作品だけでなく、多くは「八幡製鉄所(現・日本製鉄九州製鉄所)」所蔵のものが展示されていました。
鉄は富を生み出すとともに、芸術や美術といった、市民にとって“心の豊かさ”を生み出していました。鉄がそれを与えてくれていたことを、改めて感じます。
(左)母里聖徳《ウルトラ鉄獣 タイプA》2025年 (右)母里聖徳《ウルトラ鉄獣 タイプB》2025年本展では、製鉄所に働く人々や構内の様子が生き生きと描かれ、大迫力の作品が多く展示されています。そして、これらの作品は村田東作や長末友喜ら、実際に製鉄所で働いていた所員たちが絵画同好会として立ち上げ、製作した作品も含まれているということです。
また、母里聖徳の鉄を使った造形作品や、製鉄に深く関連のある田川の炭坑記録画で有名な山本作兵衛の作品も展示されていました。
永久貸与の貴重な絵画
戦時中には製鉄所が狙われたこともあり、関連する作品として宗像出身の中村研一氏の作品「北九州上空野辺軍曹の体当りB29二機を撃墜す」が展示されていました。
この作品は、戦後GHQに没収されたものです。その後、米国から無期限貸与として東京国立近代美術館に収蔵されており、なかなか観ることができない貴重な絵画です。
[鉄と美術]フライヤー・右中央に明るい水色の空の画が中村研一氏の戦争記録画筆者は、この中村氏の画を画集で観たことがありましたが、その際は淡い空と落ちていく爆撃機しか認識できませんでした。
けれど、実際に間近で観ると、その風景は水色の中に空は蒼く、そして複数の爆撃機が飛んでいます。また、体当たりして落ちていく二式複座戦闘機・屠龍(とりゅう)には鮮やかな日の丸が描かれていました。
さらに、絵画下部の波打つような揺らぎに目を向けると、そこには燃えさかる炎の中に北九州の街並みがあります。
北九州で戦時の記憶を辿る
戦時中に実際にあった話として、八幡西区の大膳には「体当たり勇士の碑」があり、今でも地元の人々に大切にされています。
大膳の住宅地の丘の上にある「体当たり勇士の碑」また、筑豊本線(福北ゆたか線)の線路脇には説明版が掲示されています。

鉄の街としての発展
戦時中から戦後を通して、大切に守られ、発展してきた北九州市。
鉄の街としての発展があったからこそ、今の文化の厚みや豊かさがあることを強く感じた企画展示でした。
※2026年3月4日現在の情報です
(ライター・いるかいる)
