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北九州ゆかりのミュージシャンにインタビュー&音楽ライブ「スプライス」に行ってみた【北九州市小倉北区】

(アイキャッチ画像:音楽ライブ「SPLICE」の様子)

池端克章さんに聞く「音楽への情熱」

別の日に、出演者の池端克章さんにインタビューしました。

音楽と表現に生きるミュージシャン

池端さんは、1987年北九州市生まれ。野球少年として育ちましたが、大学時代に出会った友人のギター演奏に魅了され、自身でもギターを弾くようになったそうです。

その後、路上ライブやイベント、テレビ番組出演などへ活動の幅を広げ、現在は詞や曲も自作するミュージシャンとして、各地で生のライブを行うほか、イメージソングや校歌の提供も手がけています。

さらに、押し花アート作品の制作や他のミュージシャンのプロデュースなど、その活動は多岐にわたっています。

ミュージシャンとしての池端さんのこだわりの一つは、生のライブを提供すること。そして、もう一つは自身で作詞作曲を行い、自分の思いを伝えることにあると言います。

プロの道への葛藤と出会い

大学時代にギターと出会ったものの、プロのミュージシャンとして生計を立てることに難しさも感じ、一度は就職活動を行い企業から内定を得ていたそうです。しかし、その仕事が本当に自分の情熱を注げるものなのか疑問を抱きます。

そして、プロミュージシャンとして生きる決意のきっかけとなったのは、ある人との出会いだとのこと。当時その人(以下Aさん)は、学生でしたが、学校生活に馴染めず悩んでいたそうです。

そんな様子を見かねた母親が、Aさんを当時大学生だった池端さんが出演するイベントに連れ出しました。すると、その演奏にすっかり魅了されたようで、以後ライブを行う度に足を運んでくれるようになりました。

それが良いきっかけとなったのか、Aさんは学校にも元気に通い始めたそうです。

そして、Aさんの「池端さんが紅白に出るまで追っかけを続ける!」という言葉に心を打たれた池端さんは、「自分の音楽で一人でも人生が変わった人がいるのだから」と内定を辞退。周囲の反対を押し切り大学卒業後、プロミュージシャンとしての活動を本格的にスタートさせたそうです。

池端さんは、「数年前、Aさんの結婚式に招かれ、晴れの日に歌を披露することができたんです」と、笑顔で語ってくれました。

「押し花アート」からのインスピレーション

音楽活動と同時に「押し花アート」の制作を手がけているのも、池端さんのユニークなところ。活動のきっかけは、池端さんの奥さんの母親が押し花の先生をしていたことだと言います。

そこで、自身も制作してみたところ「面白い!」と感じ、作品をコンテストに応募。すると入選を果たしたうえ、東京の国立新美術館に展示されることになったそうです。

はじめは、自身の曲のタイトルを元に作品化していたところ、今では押し花アート作品のほうから曲のインスピレーションを受けるようにもなったのだとか。

両者の創作の融合が池端さんの持ち味となっているようです。

北九州の音楽を支える取り組み

池端さんは現在、門司区に「BESTIE」という社名の事務所を構え、北九州を拠点に活動の幅を広げています。「BESTIE」は英語のスラングで「親友」を意味します。

さらに、他のミュージシャンを支援する活動として、40代以上の女性によるアイドルグループ「BBA24」のプロデュースも手がけています。

池端さんは、「今後も北九州の音楽仲間やファンと活動を広げ、全国で誰もが知る代表曲を世に出すのが夢です」と語ってくれました。

これからの北九州音楽シーンへの期待

今回のライブへの参加やインタビューを通して、「SPLICE」のライブで知った地元のミュージシャンや池端さんの活動に触れました。

これからも、さらに北九州の音楽シーンを盛り上げていってほしいと期待しています。

※2026年2月16日現在の情報です

(ライター・宮城保之)

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