
創業35周年を迎える「芋伝説」に行ってみた 芋専門店・店主の“さつまいも愛”とは?【北九州市門司区】
(アイキャッチ画像:「芋伝説」の店舗外観)
JR門司港駅から徒歩5分ほどの栄町銀天街の表通り、バス通り沿いに芋専門店「芋伝説」があります。近くのバス停は「門司港レトロ」です。
地域に愛され続けて、今年35周年を迎える同店に行ってきました。

八百屋に勤めて「ベニアズマ」と出会う
「芋伝説」の創業は、平成3年3月3日。この日は大安吉日で、さらに3・3・3(さんさんさん)が並び、まるで太陽(サン)のように門司港に開店しました。
さつま芋に惚れこんで一筋の店主・大野公嗣(きみつぐ)さんに話を聞きました。
北九州・門司港で育ち、八百屋でのキャリアをスタート
大野さんは、生まれも育ちも北九州市門司港。兄と弟、妹の4人兄弟で、実家は米屋を営んでいたそうです。
高校卒業後は、自分がやりたい仕事に出会いたいと、バンドを組んだり、自主制作映画を制作したりしながら転職を重ね、昭和61年(1986年)、22歳の時に下関にある八百屋に就職しました。
そこで、八百屋の「本店」に配属され店頭で野菜を担当し、仕入れなども任せられたそうです。

焼きいもとの運命的な出会いと挑戦
そして、入社後ほどなくして、さつま芋の品種「ベニアズマ」に出会い衝撃を受けます。
当時、八百屋では生鮮販売のかたわら、焼きいもを販売していました。大野さんは初めてベニアズマの焼きいもを口にしたとき、あまりの美味しさにすっかり惚れこんだそうです。
それからというもの、「ひとりでも多くのお客さんに、この美味しさを伝えたい」の一心で、ベニアズマの仕入れを増やしていきます。
店前に積まれた様々な品種のさつま芋の箱するとある時、八百屋では本来、大根や椎茸など色々な野菜を売るべきところ、ベニアズマが大半を占めてしまう事態が発生。八百屋の社長から、「こんな非常識な量、売れるのか?」と呆れられたところ、大野さんは「売ってみせる」と宣言します。
美味しさを伝えるために、自らのエンタメ精神を振り絞り、面白おかしく、時にはモノマネなどを披露。八百屋の店頭は、ちょっとしたステージのような状態になって人だかりができていたそうです。
そして、普通なら完売まで2ヶ月はかかる量を、一週間で売り切ったそうです。しかも、当時は周辺に大手スーパーマーケットが出店し、ライバルに囲まれた厳しい環境の中での出来事。これには、社長も驚いたそうです。
大野さんは、「売れたのではない、売ったんです。人間の魅力で売り切ったんです」と、その時の様子を語り、このことがその後の自信につながったといいます。
兄との約束が後押し
それともう一つの原動力に、兄との約束があったといいます。その兄とは、「画家・油絵屋大哲」の名で活躍した故・大野哲也さんです。
哲也さんは、一時は実家の米屋の手伝いをしたり、大野さんの店のことを気にかけたり、家族思いでした。
その哲也さんから、「自分も『豆ごはんの素』を販売する目標を決めたから、『ベニアズマ』とどちらが早く売り切れるかやろう」と、ゲームのように働きかけてくれたことで、大野さんは一層頑張れたそうです。
店舗には兄・哲也さんの絵画などもその結果、2人とも目標を達成し、哲也さんは日本一となりました。この時のことを大野さんは、「酒屋で一番高いお酒に『日本一おめでとう』と書いて贈りました」と、とても懐かしそうな表情を浮かべ話してくれました。
芋伝説のはじまり
大野さんは、ベニアズマに出会い「さつま芋を中心に売る八百屋を開こう!」という思いが生まれます。そして、開店のお金を貯めようと、八百屋で働きながら貯金を始めたそうです。
それから時が経ち、27歳になった平成3年2月、分かりやすい開店する日取りを調べたところ、ちょうど1ヶ月後の3月3日が大安で日曜日でした。さらに、平成3年だったことから、語呂もよく、これ以上の日にちはないと開店日を先に決めたそうです。
早速、物件を探しますが、時代はバブル期。思うような広さの空き店舗はなく、ようやく知人の紹介で空き物件だったのが、現在の店舗ビル。当時は2階にレストランが入店しており、空きの1階部分は八百屋が出来るほど広さが無かったため八百屋の開店を諦めて、「芋専門店」として開店します。

店名は、兄や弟にもアイデアを出してもらいながら、最終的に「芋伝説」に決定したそうです。
八百屋を退職してから、1ヶ月という期間で開業にこぎ着け、それには八百屋の社長も周囲も驚いたようです。大野さんのその潔さと柔軟性、そして行動力に筆者も圧倒されました。
勢いで即実行 商品の完成までには客からの叱咤激励も
開店当時の店構えは、店頭に鉄板を置いたスタイル。持ち帰り専門で、メニューは<生のさつま芋><焼きいも><切り焼きいも>の3種類でスタートします。
大野さんは、「技術ではなく、勢いで始めた」といいます。これまで料理さえしたことが無かったにもかかわらず、やる気、アイデア、オリジナリティは十分あって、“何とかできる”と自分を信じたそうです。
新メニューのお好み焼きを始めたのも突然で、2階のレストランの人が驚いて見に来たことも。スイートポテトは煮リンゴやチョコ、バナナなど組み合わせを思いついては販売し味の改良を重ねていくなど、とにかく思いついたら即実行しました。
大野さんはこれまでの道のりを、「若かったから、まわりの人たちが温かく見守ってくれていたのだと思います。切り焼きいもは、芋の厚みと焼き加減に苦労した商品。商品の完成に行きつくまでに、お客様の叱咤激励もありました」と振り返ります。
(左から)大野さんの妹、大野さん、奥さんそして、開店から4年後には、店頭の鉄板を撤廃してショーケースに変更。鉄板で焼いていたメニューを無くし、本格的にスイーツの販売へと移行しました。
翌年、奥さんと出会って以降は、夫婦二人三脚。時々パートさんや妹の力を借りながら、現在に至るまで切り盛りしています。
変わらない焼きいもへの想い
行き当たりばったりの面もありながら、ずっと変わらないのは、さつま芋への愛。焼きいもは、当時から使用している窯で作られており、<夢の焼きいも>は開店当初から不動の人気を誇っています。
焼きいもは100グラム・150円(1個300~400円が目安)で販売されています。
「皮ごと、どうぞ!」と、手渡されるアツアツの焼きいもを、皮ごと食べるにも芋伝説のスタイルのようです。年月を重ねた熟練の技が光る焼きいもを手に取り、割ってみると中からはつやつやと輝く黄金色が現れます。

一口かじれば、ほっくりとした食感とクリーミーな口どけで、その絶妙な甘みに心がほっこり。技術を大事にしながら、選別も重要視する大野さんのこだわりが伝わってきます。
材料のさつま芋は、仕入れ時に自分で食べて美味しいと思った種類だけを厳選して使用。さつま芋は一冬越すと甘みが増し、最も美味しい時期は1月~2月とのこと。
筆者が訪問したのは1月。この日は「シルクスイート」(熊本県)と「紅はるか」(大分県、福岡県<若松>)の焼きいもがありました。さつま芋にも個性もあり、同じ品種でも産地で味が変わるそうで、食べ比べができました。

