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宿泊施設「タンガテーブル」が仕掛ける「美食倶楽部」 コロナ禍を逆手に

「北九州をあじわう、旅のはじまり」をコンセプトに、2015年、北九州市小倉北区馬借に開業した「Hostel and Dining TangaTable(タンガテーブル)」。“北九州の台所”として知られている「旦過市場」の川向かいにある古いビルの空きフロアをリノベーションした、ダイニングスペース併設の宿泊施設です。

写真提供:TangaTable

「北九州のまちの隠れた魅力を、旅する人に伝えたい」という想いで、生まれたタンガテーブル。コロナ禍以前は宿泊客の約6割が外国人という、いわゆる“ゲストハウス”でしたが、新型コロナの影響を受け、旅行客が大幅に減少し、休業と時短営業を余儀なくされました。

そんな危機的状況の中でピンチをチャンスに変えるべく、このコロナ禍を逆手に取り、時代に合わせて施設の在り方を柔軟に変えようと奮闘しているタンガテーブル店主の西方さんに話を聞きました。

コロナ禍以前は異国のような雰囲気に包まれる日々だった

写真提供:TangaTable

タンガテーブルには、こだわりのシモンズ製マットレスを使っている相部屋形式のドミトリーやダブルベッドルームの個室、特注のボロノイ畳でゆったりくつろげる和室といった客室と、キッチンやシャワールーム、トイレなどの共同設備があり、初対面の宿泊者同士や施設のスタッフ、地域の人たちなど、人と人との繋がりを重視したつくりとなっています。

初めて迎えた外国人ゲストは、日本に滞在している息子に会いに来たというオーストリア人だったそう。「よくよく話を聞くと、その息子さんは北海道にいるそうで、この人はなぜ北海道ではなく、小倉にやって来たんだろうと驚きましたね」と開業当時を振り返る西方さん。その後もタンガテーブルを訪れる宿泊客は日本人よりも外国人が多く、特に韓国や中国などのアジア圏からの渡航者が多かったと言います。

「朝日が差し込む席に座り、共用のリビングで朝食を食べながら、旅人たちがスマートフォンや紙の地図をテーブルに広げ、それぞれの目的地を探してはマークをつける。目を輝かせながら、気になるカフェやお土産、観光スポットを選んで、目的地までのコースを決める。その姿を見るのが日課だった日々がもうずいぶん前のことのように思えます。あの頃の何気ない風景も今ではとても貴重な時間でした」と話す西方さん。日々さまざまな国の言語が飛び交い、まるで日本ではないかのような異国の雰囲気が流れていたと言います。

当時は、外国人との交流を目的にタンガテーブルを訪れる北九州市民も多く、併設のダイニングスペースで外国人と一緒に飲んで会話を楽しんだり、留学やワーキングホリデーなどで海外に行きたいという人たちに海外生活経験者がアドバイスしたり、国際交流や情報交換の場にもなっていたそうです。

暮らすように生活する、市外からの長期滞在者が増加

新型コロナの影響を受け、これまでのような海外からの旅行客は減ってしまいましたが、タンガテーブルで暮らすように過ごしている国内からの長期滞在者が増えているそうです。1週間程度の滞在は珍しくないそうで、数カ月滞在している人も複数おり、取材時の宿泊最長者は滞在9カ月目とのこと。特に関東圏からやって来る利用者が目立ち、年代は20代~50代と幅広く、社会人はもちろん学生もいると言います。

「『海外で仕事をしていたが戻れなくなった。いつ戻れるようになるか分からないから、いつでも旅立てるようにここで待っている』『春から海外留学するつもりで大学卒業後アパートを引き払ったが渡航できないので、タンガテーブルに住みながらアルバイトをして準備をしている』など、長く滞在している人の理由はさまざまですね」と西方さん。

コロナ対策でテレワークの普及が進んだのを機に、ここ数カ月で移住相談を受けることも多くなり、移住とまではいかなくても地方に住みながら働いてみたいという人の利用も増えていると話します。北九州市が行っている移住サポート「お試し居住」の宿泊施設の一つにもなっているので、北九州市への移住体験として利用している人もいるほか、地元の人たちがコワーキングスペースとして利用するケースも増えつつあると言います。

「ご近所の人も泊まりに来ることがあるんですよ。中には『夫婦喧嘩をしたので泊まりに来た』という方も。『遠方に旅行に行けないけれど旅気分を味わいたい』と家族で1泊された方もいらっしゃいました」と西方さん。旅行者や移住者だけでなく、北九州市民のニーズもあるようです。

写真提供:TangaTable

“出会い”を生むダイニングスペースは宿泊者以外の利用も

タンガテーブルのもう一つの顔であるダイニングスペース(席数50席)は、4日間かけて壁一面に飾ったという483枚の陶器の皿や、リノベーションスクールのDIYワークショップで作ったという色とりどりの装飾が施された壁などが目を引く、味わいある広々とした空間です。

ダイニングスペースは、宿泊者だけでなく、街の人たちも利用可能。コロナ禍以前はカフェ・バーとしての食事・ドリンクの提供に加え、結婚式の二次会やパーティーなどの団体利用や、味噌づくりワークショップ、音楽ライブ、ヨガ教室といったバラエティーに富んだイベントが開催されていました。特にオープン当初から続いている英会話イベントは好評で、開催回数は100回を超えると言います。

写真提供:TangaTable

「僕らスタッフがお客様たちと話している中で『この人とこの人を結び付けたら面白いんじゃないかな。盛り上がるんじゃないかな』と気付くことがあるので、その人たちが居合わせた時は紹介するようにしています」(西方さん)と、スタッフの皆さんがいい意味で“おせっかい”を焼いてくれるので、タンガテーブルでは人と人との繋がりが次々と生まれています。そのため、利用者の中で小さなコミュニティが複数形成され、コロナ禍前は昼夜を問わず、ダイニングスペースがにぎわっていたそう。中にはイベント内で知り合った人同士で結婚に至ったカップルもおり、その数はなんと5組! 1年間に1組のカップルがタンガテーブルで誕生してきたという計算になります。

「ビルの4階にあるゲストハウスのダイニングを目指してわざわざ来てくれるような人たちは、共通の趣味があったり、興味関心があることが似ていたりするんですよ。その人たちの間に僕らスタッフが入ってうまく結びつけることができると、僕たちも嬉しいですね。カップル誕生だけでなく、この場所で縁ができたことで新しいビジネスが生まれたという例もあるんですよ」と教えてくれました。

会員制のシェアキッチン&スペース「美食倶楽部」もスタート

現在ダイニングスペースでは料理の提供を休止し、ドリンクのみ提供されています。これまでのカフェ・バーとしての機能を残しつつ、2020年9月からは月額会員制(5000円から)のシェアキッチン&スペース「美食倶楽部」のサービスも開始しました。会員とその友人だけがプロ用の設備を備えたキッチンスペースを利用でき、片付けはスタッフがやってくれるというシステムで、会員数は約20人(休会中の会員含む)。会員が友人を呼んで自慢の料理を振る舞ったり、農家の人が野菜を持ち込んで料理をしたり、それぞれの使い方で楽しんでいます。

取材当日は、「美食倶楽部」会員である料理人が新メニューを試作している真っ最中。居合わせた人たちに試食してもらい、改善点を見つけ、より良い料理へと仕上げるために試行錯誤していました。

写真提供:TangaTable

「美食倶楽部」を始めた理由について西方さんに尋ねると、「新型コロナウイルス感染拡大に伴い、これまでのしっかりとした食事を提供する飲食店としての運営が厳しくなったこともあり、これを機にかつてからやりたいと思っていた方向に舵を切りました」とのこと。

「以前から世界各国・日本全国からやってくる宿泊者もダイニングを利用する街の人たちも、境目なく交流できる場所を目指していました。その実現に向け、アクセルをグッと踏むような形でこの『美食倶楽部』をスタートさせました。利用者同士で一緒に料理をしながら食べて、飲んでを楽しむことでコミュニケーションがすごく発展するんです。料理を一緒にすることで会話だけでは伝わりにくいその人のキャラクターが出てきて、新たな発見があったり、この人とあの人を合わせたら面白いことが起こりそうという気づきになったり。そこでまた新たな出会いも生まれます」と続けます。

目指すは、ゲストハウス・シェアハウス・コワーキングスペースの“いいとこどり”

ゲストハウス、カフェ・バーとしての在り方にこだわり続けるのではなく、情勢に合わせ、柔軟に施設の利用方法などを変えてきたタンガテーブル。緊急事態宣言が解除され、時短営業などもなくなった今、タンガテーブルが目指すのは「ゲストハウス・シェアハウス・コワーキングスペースの“いいとこどり”をした場所」だと西方さんは言います。

「いろいろな人がさまざまな目的を持って、この場所を訪れ、人と人とが繋がれる場所として存在し続けていきたい。家族のように『ただいま』『お帰り』という言葉が利用者とスタッフの間で普通に飛び交うような関係性を築いていけたらいいですね」と話してくれました。

(北九州ノコト・植田詩生)

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