目指すは文学中毒者の巣窟 八幡西区光明のブックバー「古書と酒の店 神保堂」

ブックバー「古書と酒の店 神保堂」

JR折尾駅から徒歩10分。スナックやバーが軒を連ねる雑居ビルの2階に、ひっそりブックバーがある。その名は「古書と酒の店 神保堂」。

店に入った瞬間、紙とコーヒーの匂いが鼻をくすぐる。店内の壁を、天井まで高さのある立派な本棚がぐるりと囲んでいて、まるでマスターの書斎のような空間だ。木を基調にした店内は照明の柔らかな光に照らされていて、あたたかく、どこか懐かしい感じもする。

マスターにお話をうかがっていると、お客さんが1人、2人とやって来ては、本棚をじっくり見て回ったり、コーヒーを飲みながら読書に没頭したり、お酒を片手にマスターと文学について語らったりしている。

店内にある本は自由に読むことができ、皆が好きなように文学を楽しんでいる。もちろんバーらしく、初対面同士で会話が盛り上がって、そこから親交が始まることもしばしばあるそうだ。

根っからの本好き 学生時代は本の読みすぎで昼夜逆転生活

同店のマスターである神保茂(じんぼうしげる)さんは、まさに文学青年という佇まいの物腰柔らかな人物だ。フリーランスで印刷物の制作などに携わる傍ら、このブックバーを営んでいる。

決して口数は多くないけれど、店内の本やお酒などについて質問すると優しく丁寧に答えてくれる。ちなみに神保茂という名前は、創作活動や仕事をする際のペンネーム兼ビジネスネームであり、青春時代を過ごした本の街・神田神保町にあやかって名乗っている。

もちろん、神保さんは根っからの本好きだ。「高校時代は夜通し本を読み、そのまま登校して授業中に寝る昼夜逆転生活を送っていて毎日先生から怒られていた」「神保町が近いという理由だけで大学を選んだ」など、本に関するエピソードにも事欠かない。

店内の古書はほとんど神保さんが自ら買い付けたもの。蔵書のセレクトは岩波文庫をはじめとした国内外の古典的な文学作品、俳句や短歌などの指南本など多岐に渡っていて、北九州出身の作家・火野葦平の生原稿など貴重なものも所蔵している。

特に、昭和初期の有名文学作品の初版版や、それらの復刻本を豊富に取り揃えており、当時の装丁や挿絵を手に取って見ることができる。書籍は一部を除いて購入できるので、気に入った本があれば買って帰ることも可能だ。

店を始めた理由は「本と酒が好きだから」だけ

神保堂がオープンしたのは2019年12月。ちょうど本業も落ち着いてきて、何か新しいことを始めたい……と思っているところに、以前から交流のあったカフェバーが店を閉めることになり、次の借主を探していると聞いた。

「これも何かの縁だろう」。そう思って神保さんは思い切って店舗を借り受けることに。ブックバーを開こうと思ったのは、「本と酒が好きだから」という至ってシンプルな動機だった。こうして「古書と酒の店 神保堂」は産声を上げた。

 しかし、本の知識は豊富にあるけれど、飲食業に関しては全くの素人だった神保さん。「何しろこれまで飲食の仕事なんて全然やったことがなかったものですから、紅茶やコーヒーの淹れ方も一から勉強しました」と、苦笑しながら打ち明けてくれた。

店を始めるにあたって、八幡西区折尾の自家焙煎コーヒー店「Shon Coffee(ショーンコーヒー)」に豆のブレンドを依頼し、試行錯誤の末、すっきりと香ばしい「読書に合う」味わいのブレンドコーヒーをやっと作り上げた。紅茶に関しては、知人の紅茶コーディネーターに茶葉の知識を教わり、淹れ方をレクチャーしてもらった。

お酒も決してメニューの数は多くないものの、ビール、ウイスキー、ブランデー、ワイン、サワーと取り揃え、喫茶・酒場としてのクオリティーを保てるように努めた。

芸術や文学に関する多彩なイベントを実施

神保堂はイベントスペースとしても利用されていて、短歌会や読書会といった芸術や文学に関する催しが行われている。

店内の壁にも、北九州市内で開催されている様々なカルチャーイベントの宣伝ポスターが貼られていて、この街にも、感性を共有できる場を作り、人の輪を広げて、新たなカルチャーを生み出そうとする面白い人がたくさんいることに驚く。

先日、皆でお酒やコーヒーを飲みながら、各々の作品の感想を伝え合う和やかな歌会「折尾歌会」に筆者も参加したが、短歌未経験でも大いに楽しむことができた。

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、現在はZOOMを活用したオンラインでのイベントも開催されている。

様々な感性を持った人たちが集まる場所にしたい

インタビューの最後に、神保さんにこれからの展望を伺うと、「神保堂を“文学中毒者たちの巣窟”にしたいですね(笑)」と冗談めかして話した後、「もっとたくさんの人に神保堂を知ってもらって、俳句や朗読などジャンルにとらわれることなく、文学や創作に関するさまざまなイベントをやっていきたいですね。いろんな感性を持った人が集まって、そこからまた新たなアイデアが生まれていく、この店をそんなクリエイティブな場所にしていけたらと思っています」と、穏やかな口調で意欲を語ってくれた。

かつて筑豊炭田の輸送路として栄え、 現在は北九州きっての学園都市として意欲ある若者たちが集まる折尾地区。そんな高いポテンシャルを秘めたこの街が、北九州の芸術文化の発信地になる日も近いのかもしれない。

■住所/北九州市八幡西区光明2-12-9 折尾サンハイツ203
■営業時間/新型コロナウイルス感染拡大に伴う時短要請のため、Twitterで要確認
■問い合わせ/TEL050-5539-9499

※福岡県の緊急事態宣言を受け、5月12日から5月31日まで臨時休業
※2021年5月19日現在の情報です

(ライター・富下夏美)

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