誰かに勇気を与えられる存在で在り続けたい/尾原毅さん(社会人レスラー)
4月17日に行われたGWA6人タッグ選手権試合が大盛況に終わった「がむしゃらプロレス」。
巷では個性的なメンバーが多いと話題ですが、今回はGWAヘビー級第15代王者の尾原毅選手にお話を伺うことができました。
2008年6月22日に今は無きスミックスホールESTAで華々しいデビューを飾ってから、早14年。15年目というメモリアルイヤーをチャンピオンという立場で迎えた尾原選手ですが、その活躍はまだまだとどまることを知らないようです。
たまたま見つけた居酒屋から始まった社会人レスラーへの道
ーまず最初に、がむしゃらプロレスに出会ったきっかけ、そして選手として参加することになった経緯を教えてください
昔からプロレスが好きだったんです。好きだったと言っても学生時代に友達とプロレスの話をしたり、休み時間にふざけて技をかけたりのレベルで、本格的に何かをやっていたわけではありません。でも大人になってもプロレス好きなのは変わっていなくて、そんな中たまたま仕事の現場近くでプロレス居酒屋という看板を見かけたんです。当時は頻繁に出向いていた現場なので、行くたびに目に入ってくる看板が気になって気になって、気がつけば同僚を誘って足を運んでました。それが「プロレス居酒屋がむしゃら」との出会いですね。
そこから練習に参加するまではもうあれよあれよという間で。ただ飲みに行っただけのはずが、社会人レスラーとしての話がどんどん進んでいきました。それに対しての抵抗は特になかったんですけど、小倉北体育館で初めてマットに投げられて受け身をとった時は、さすがに痛くて息もできなくて。そこでやっと、「あぁ。やばい世界に足を踏み入れてしまったんだな。」と天を仰ぎながら思いましたね(笑)
ー元々何かスポーツをやっていたんですか?
昔からスポーツにはあまり縁がなかったんですけど、仕事で毎日バリバリに体を動かしていたので、がむしゃらプロレスに初参加した当時も体力はあったほうだと思います。それでも初めて練習を見学させてもらったときは、みんな趣味でやってるとは思えないほど本格的だったので、かなりの衝撃でした。
学生時代はスポーツとは正反対の吹奏楽部に所属してたんです。これ人に言っても全然信じてもらえないんですけど(笑)。しかも自分はマニアックなチューバっていう楽器の担当だったので、実生活で披露する機会がほぼなかったせいか、余計に信用してもらえないんですよね(笑)
ブラスバンドの一員から社会人プロレス団体の一員へ
ー私もあまり詳しくはないのですが、とても大きな楽器ですよね
そうですそうです。見た目の迫力がすごいやつです。僕はそもそもトランペットをやりたかったので、まさか自分がチューバを吹くことになるなんて思ってなかったんですよ。
でもトランペットって花形だから競争率も高くて。吹奏楽部に入部したときに、希望の楽器を紙に書いて提出しなきゃいけないんですけど、トランペットは人気すぎたので早々に諦めて、トロンボーンを希望しようと思ったんです。その時にトロンボーンの略語の「Trb」って書いたつもりが、無意識で「Tub」になっちゃってて。Tubってまさにチューバの略語なんです。他にチューバの希望者はいなかったので即決定だったし、先生は大喜びだったしで、もう「間違えた」なんて言えないですよね(笑)
でもそれも運命だったのか、その後7年くらいずっと吹いてました。中学高校社会人と、チューバまっしぐらな青春時代と言っても過言ではないくらい。でも結局、仕事があまりにも忙しくなってやめちゃったんですけどね。
ーせっかくの特技なので、試合に勝ったときにリング上で披露するのはどうですか?
面白い案ですね(笑)。でもこれがトランペットとかだったらメロディラインを吹けるので、その場で格好良く勝利に華を添えられると思うんですけど、チューバってソロ向きじゃないんですよね。なのでいきなり披露しても、お客さんみんなただ首をかしげるだけかと(笑)
ー確かにリング上での尾原選手はいつも物々しい雰囲気なので、こんなお話が聞けるなんて思ってもいませんでした(笑)
リングにあがると、もうそこでスイッチが入りますからね。普段はぼーっと釣りしたり映画見たり、普通のおっさんなんですけど(笑)、リング上では自分でも無慈悲だなって思うくらい、容赦ないキックで対戦相手を沈めてきました。
100キロを越える選手達に対して、あまり身体の大きくない自分が立ち向かうには、物凄い集中力と一撃必殺の技が必要なんです。試合前に相手のことを調べ上げて策を練ってとかはあまりしないので、まさに試合中の短時間で相手の動きを読んで、関節技や得意のキック主体で戦っています。
最後まで諦めずに誰よりも自分自身を信じるということ
ー社会人レスラーとして活動を続けていく上で、不安だったこと、苦労したことはありますか?
仕事柄、遠征とかには参加できないんです。遠征どころか、昼間の仕事が忙しすぎて地元の試合にさえ参加できなかったこともありました。コロナ前は毎週末のようにがむしゃらプロレス関連のイベントでスケジュールが埋まっていたので、体力がどこまで続くのかっていう不安もありました。
ー逆に続けてきて良かったと思えることはありますか?
確実に周りの同年代よりは動けることですね(笑)。僕は今年で46歳になるんですけど、まさか自分がこの年までプロレスをやってるとは思ってなかったんです。そもそもこの年までこの体力が維持できるとも思ってなかったので、それは社会人レスラーとして活動できているおかげだと思うし、がむしゃらプロレスに出会えたことにも感謝しています。
ーでは最後に、これからの夢、または目標を教えてください
僕の好きな言葉で「千招有るを怖れず、一招熟するを怖れよ」ってのがあるんですけど、簡単に言うと「千の技より千回練習した技を恐れよ」って感じですかね。千の技を得るのは誰にでもできることじゃない。それは限られた天性の賜物。ただ千回練習をするのは誰にでもできる事だと思っていて。
そんな僕がリングに立ち続けることで、悩みや苦しみを抱えているどこかの誰かの勇気に繋がってくれたらいいなって思うんです。諦めなければ必ず報われるって伝えたいし、1つの事を曲げずにやり遂げる強さを持てばいつかは花開くって信じたいし、信じてほしい。
自信をなくしていたり戦意喪失していたり、日々の生活に疲れ切った人たちが僕の試合を観て、「もうちょい頑張ってみるか!やり遂げるっていいな!」なんて思ってくれたら、僕自身も自分がリングに上がる意味があると思えるし、それは自信にも繋がるし、何よりもレスラー冥利に尽きるし。
隣の芝生は青く見えるってよく言いますけど、色んな事が器用にできていいなぁって周りの人を羨んでる人って少なくないと思うんです。だからこそ、自分は才があってのチャンピオンじゃない、諦めずに1つのスタイルを貫いて最強を実現したってことを、強く伝えたいなと。
「戦う事は諦めない事!諦めこそ最大の敵!」
これが僕にとって永遠のテーマですね。
ただ強いだけじゃない、知れば知るほど魅力的な選手たち
今回、尾原選手への取材が決まってからお話をさせてもらうまで、試合中の動画や写真からの印象で、雄雄しい人なんだろうなと、筆者も背筋が伸びる思いで緊張していたんです。
でも実際にお話をさせてもらうと、リング上の彼からは想像もできないほど物腰が柔らかな人で、さらにはお茶目な部分もあったりで、強さだけじゃない魅力が溢れていました。女性ファンがあとを絶たないことにも頷けます。
そんながむしゃらプロレスのみなさんは、7月10日に門司赤煉瓦プレイスでの試合が控えているそうで、私も楽しみにしています!
試合やイベントに関しての最新情報は、「がむしゃらプロレス公式Twitter」で確認できます。
※2022年6月29日現在の情報です
(ライター・Kanae N.)