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八幡西区の緑道に残る『故R・ニコルソン中尉に捧げる』モニュメント 戦後の航空機事故と慰霊の歴史を訪ねて【北九州市】

(アイキャッチ画像:モニュメント)

北九州で「戦争」と聞くと、軍都として知られた小倉のまちや、鉄都・八幡を襲った空襲を思い浮かべる方も多いかもしれません。

しかし、戦争が終わって間もない八幡のまちで、ある悲しい航空機事故が起きていたことを知っていますか。

八幡西区のイオンタウン黒崎や八幡西警察署の近くを歩いていると、熊西緑道の一角に、少し不思議な光景が目に入ります。

円形の壇の中央に積み重ねられた、いくつもの鉄の塊。その足元には説明板が設けられています。

そこに記されているのは、「故R・ニコルソン中尉に捧げる」という言葉です。

一見すると何を表しているのか分からない、このモニュメント。実は、戦後間もない八幡のまちで起きた航空機事故と、その記憶を後世に伝えようとした人々の思いが込められているのです。

黒崎のまちで起きた戦後間もない“航空機事故”

この事故について、当時の目撃者が『熊西小学校創立40周年記念誌』(昭和58年、熊西小学校創立40周年記念事業実行委員会)に記録していました。記録を残したのは、黒崎洋裁専門学院理事長であった前田勇さんです。

それによると事故が起きたのは、1947(昭和22)年11月12日午前9時30分頃のことです。

当時は終戦からまだ2年ほどしか経っていない時代。日本は主権を喪失し、連合国軍占領下で復興へと歩み始めた頃でした。

このとき、アメリカ合衆国空軍のロドニー・ニコルソン中尉が搭乗する航空機が空中で故障し、操縦ができなくなりました。

故障機からは脱出できる状況だったものの、住宅地などもあり市民に被害を及ぼさないためにと、熊西小学校の近く三菱化成の空地へ墜落する事故となりました。その日のうちに在日米軍芦屋基地が事故の処理を行い、現場は騒然となったといいます。

異国の地で命を落とした一人のパイロット。その出来事は地域の人々の記憶に残ることとなりました。

事故の記憶を伝える最初の慰霊碑

事故直後から、現場ではニコルソン中尉を悼む動きがありました。

事故処理を終えた直後に前田さんが供花標をたてて花を手向けました。当時はアメリカが憎いという人も少なくないなか、話を聞いて手を合わす人も現れたそうです。

前田さんは戦争の遺恨もあるなか、子どもたちや市民を守ろうと命を懸け災害を他に及ぼさないという、ニコルソン中尉の尊い任侠に心から感謝を捧げずにはいられなかったといいます。

1948(昭和23)年5月、供花碑は三菱化成黒崎工場長のオファーで立派な石製の供養碑に置き換えられ、東曲里町の国道 200号線沿いに建てられました。

ニコルソン中尉の命日には在芦屋米軍基地関係者を招いての祭典が行われ、ニコルソン中尉を弔い、その仁義を受け継ぎ、平和をめざしてきたようです。

時代とともに姿を変えた慰霊のかたち

その後、周辺の都市開発などに伴い、慰霊碑は1988(昭和63)年8月に取り壊されることになりました。しかし、これでニコルソン中尉の記憶まで失われたわけではありません。

1989(平成元)年4月、事故現場から少し離れたところに彫刻家・母里聖徳氏による鉄製のモニュメントが建立されました。

かつての慰霊碑とは異なり、そこにあるのは、いくつもの鉄塊が重なり合う独特な造形。初めて目にした人は、これが何を意味しているのか不思議に思うかもしれません。

けれども、事故の経緯や慰霊碑がたどった歴史を知ったうえで改めて眺めてみると、目の前の鉄塊もまた違ったものに見えてくるのではないでしょうか。

改めて現場を訪れると、鉄の塊にはニコルソン中尉の乗っていた航空機、鉄の町八幡などの想いが詰まっているように思います。

戦中には市内でも墜落機にいたアメリカ軍人への集団暴行もあり、あるいは真珠湾への奇襲など多くの恨み傷つけあうことで、さらなる恨みが生まれるような状況でした。

しかし、ニコルソン中尉も前田さんも恨み憎しむのではなく、それを超えていった姿がありました。

このモニュメントはその歴史をひそかに伝えているように感じます。

八幡のまちに残る記憶を、次の世代へ

北九州の戦争の歴史というと、空襲の記録や戦争遺跡など、大きな出来事に目が向きがちです。

しかし、街の片隅に残された小さなモニュメントにも、当時の出来事と、それを忘れまいとした人々の思いが刻まれています。

ニコルソン中尉の事故から長い年月が経ちました。私も当時の熊西小学校在籍児童から同様の話を聞くことがありますが、80歳代後半のご年配の方です。当時の出来事を知る人も少なくなっていることでしょう。

それでもその記憶を伝えるモニュメントが今も残されています。

今年はあの日を含め80回目の「11月12日」。黒崎を訪れる機会があれば、熊西緑道にある「故R・ニコルソン中尉に捧げる」のモニュメントにも、少し足を止めてみてはいかがでしょうか。

※2026年10月20日現在の情報です

(ライター・はっさん)

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