小倉北区にある8つの通りの名前を巡って調べてみた【北九州市】

(アイキャッチ画像:博労町筋の表示)

皆さんは小倉の街の通りの名前をいくつ知ってますか?

「ちゅうぎん通り」の「ちゅうぎん」って何?と気になった筆者。一つ気になると、次々に気になり、調べてみました。

今回は筆者が調べた8つの通りの名前について紹介します。

きっかけは「ちゅうぎん通り」の「ちゅうぎん」って?

井筒屋近くのスクランブル交差点。その信号待ちの時にヤマハ横のアーケードに「ちゅうぎん通り」の文字が目に入りました。

「ちゅうぎん」は小倉中央銀座商店街の略称だと飾られたフラッグから分かりましたが、すぐには思い至らず。

「ちゅうぎん通り」はこのヤマハから直進し線路までが範囲のようです。道路を挟んだ両通りは、昔からのお店と新しいお店が並び、バラエティーに富んだストリートとなっています。

そんな名前の疑問が解けてスッキリ。他の道はどうなんだろう?とさらに調べてみました。

アーケードには名前がある ちゅうぎん通り~京町通り~紫川さくら通り

はじめに見つけた「ちゅうぎん通り」。その通りにあるカレーハウスCoCo壱番屋付近の交差点アーケード上部に「京町通り」とありました。

駅前の魚町銀天町と交差した先から紫川に出るまでの京町銀天街の通りが「京町通り」となります。

この通りには投稿された川柳がアーケードを飾っているので上部を見ていると分かりやすいですね。また北九州文学サロン、不定期開催の古本市など文化的な匂いを感じます。

「京町通り」をリバーウォーク北九州側に抜けた先に「紫川さくら通り」の案内を発見。

紫川に沿って海側へ行った「紫川大橋東」から中島のTOTOショールーム付近「貴船橋東」までの桜並木通りを指します。

春先にピンク色が続く光景は綺麗で見事ですよね。

歴史を感じて文豪に出会う 長崎街道~清張通り

紫川に掛かる常盤橋を渡ると歴史的に有名な「長崎街道」です。室町を通るこの道は長崎まで続き、江戸時代は海外を結ぶ重要な街道でした。

橋の近くに解説案内もあります。

輸入された象が通った歴史ロマンを感じながら歩くと、JR西小倉駅前です。そこには「清張通り」の表示が。

駅前から真っ直ぐ、松本清張記念館、勝山公園、ソレイユホールを過ぎて国道3号との交差点「木町交番前」までの約2kmが「清張通り」です。思ったよりも長い通りで「紫川さくら通り」とほぼ平行する通りになります。

街中を通るため、社会派推理作家の清張らしさに繋がっているのかな、と思いました。

足元に注目! 鷗外通り~お城通り

小倉で作家と言えば森鷗外も外せません。調べてみるとありましたよ。早速、鍛冶町へ移動です。

鍛冶町にアーケードはありませんし、案内の表示も立っていません。どこを見れば…と、ふと視線を下げるとありました。

「鷗外通り」の石プレートです。モノレール平和通駅下の横断歩道近くの鍛冶町への入口に埋め込まれていました。

ここから真っ直ぐ、浅香通りにぶつかるまでが「鷗外通り」です。もちろん途中に「森鷗外旧居」があります。

この通りは2018年に現在の黒い石畳風の路面に舗装され、他の道と見た目が違うのが特徴です。

鷗外通りを調べた時に、Googleマップに見知らぬ通り名を見つけました。井筒屋新館と船場広場の間の「お城通り」です。

そんな通りあった?と井筒屋まで戻り、該当の場所を歩きましたが案内表示は見当たりません。

しかし、学習したばかりです。足元に注目すると発見!

魚町アーケード側から井筒屋へ渡る横断歩道の先、点字ブロック辺りに「お城通り」のプレートがありました。

直進した先の横断歩道の手前にもプレート。そして正面には小倉城の姿が拝めます。なるほど、な名前ですね。

広場やフードトラックは他の通りにない特徴で、週末はイベントがあったりで楽しい一画です。

通りはひっそりと側に 博労町筋

今回、調べて小倉には多数の通り名がある事が分かりました。

なにしろ帰宅中、セントシティ前を通った時の「博労町筋(ばくろうまちすじ)」の案内板に、まだ、あったの?と驚愕しました。

2014年に名付けとあり、知らないだけで名のある通りが、まだあると思います。

小倉の街で遊ぶ時に、アーケードや案内表示、足元に目を向けてみると、あなたの知らない通り名かもしれませんよ。

※2023年2月18日現在の情報です

(ライター・柏餅)

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