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なぜ<北九州市立響ホール>の音響に魅了されるのか──ホールが演奏をより豊かにする? 一流音楽家が評価する音響の秘密とは
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(響ホール<撮影:北九州ノコト編集部>

「このホールはなぜ、こんなに心地よく音が響くのだろう」

クラシックコンサートに足を運んだことがある人なら、一度はそんな疑問を抱いたことがあるかもしれません。同じオーケストラでも、ホールが変わると音の印象は驚くほど変わります。

その違いを生み出しているのは、演奏者だけではありません。実は、ホールそのものが「楽器」のような役割を果たしているのです。

北九州市八幡東区にある北九州市立響ホールでは、9月23日から11月21日まで「2026北九州国際音楽祭」が開催されます。今年のキャッチフレーズは<その先へ―音が次代をヒラクとき>で、リサイタルや室内楽、室内オーケストラと充実のラインナップとなっています。

北九州国際音楽祭の特徴の一つが、コンサートだけでなく、様々な市民参加型プログラムが実施されることです。毎年恒例の特別プログラム「楽しみかた聴きどころ講座」が、今年も全4回にわたり多彩な内容で開催されています。

(画像提供:北九州市立響ホール)

8月1日には「なぜ一流演奏家も響ホールの音響に魅了されるのか」をテーマにした講座が開かれ、音響設計を手掛けた石渡智秋さん(株式会社永田音響設計 プリンシパル・法政大学大学院兼任講師)が、ホールづくりの裏側を解説しました。

普段何気なく耳にしている「響き」は、どのようにつくられているのでしょうか。講座内容をもとに、その秘密をひも解いていきます。

「音」は囲いの中で育つ

「音は、囲いがあって初めて“響き”になります」

講座の冒頭で石渡さんは、音響設計の基本となる考え方を紹介しました。

(画像提供:北九州市立響ホール)

私たちが聞いている音には、演奏者から直接耳に届く「直接音」と、壁や天井に当たって跳ね返ってくる「反射音」があります。この反射音が続くことで、ホールならではの豊かな響きが生まれます。

例えば洞窟で声を出すと、普段とは違う音を感じます。これは壁に反射した音が耳へ戻ってくるためです。コンサートホールも同じ原理で設計されており、壁や天井の形状、素材、空間の広さなどが、音、ひいては音楽の印象をも左右します。

つまり、ホールで聴く「音」とは演奏だけで決まるものではなく、ホールも演奏の一部を担っていると言っても過言ではありません。

残響時間だけでは「ホールの音」は語れない

ホールの音響を語る際、「残響時間」という言葉を耳にすることがあります。

これは演奏が止んだあと、音が消えるまでの長さを示す指標です。一般的には空間が広いほど長くなり、カーテンや座席、人など音を吸収するものが多いほど短くなります。

しかし石渡さんは、「残響時間だけでホールの音の印象は決まりません」と強調しました。

直接奏者から客席に届く音の後に、約100ミリ秒以内に届く「初期反射音」がその違いを生み出していると言われています。

「初期反射音の届き方によって、音の明瞭さや包み込まれるような感覚など印象が変わります」

残響時間はホールの性格を示す一つの目安ですが、同じ残響時間のホールでも音の印象に違いを感じたりするのは、こうした細かな反射音の設計によって決まる部分が大きいといいます。

ホールの形にも理由がある

世界のコンサートホールには、二つの代表的な形があります。

一つは、ウィーンの名ホールなどで知られる「シューボックス型」。文字どおり靴箱のような長方形の空間で、左右の壁、そして天井との組み合わせからの反射音を効果的に生み出せることが特徴です。

響ホールは「シューボックス型」

もう一つが、ベルリン・フィルハーモニー・ホールに代表される「ビニヤード型」。舞台を客席が取り囲むような形状で、綿密に設定された天井や段々に設置された客席で生み出された壁面、反射板などを利用して初期反射音を生み出すことを実現しています。

響ホールはシューボックス型ですが、石渡さんは「どちらが優れているという話ではありません。それぞれホールには違った魅力があります」と語り、ホールごとに目指す音楽体験が異なることを紹介しました。

響ホールが目指したのは「静けさ」

講座後半では、響ホールの設計について具体的な話が紹介されました。

1993年に開館した響ホールは720席という比較的コンパクトなホールですが、ゆとりある空間設計によって豊かな響きが実現されています。

音響設計で常に重視するのは、「静けさ」「良い音」「良い響き」の三つです。

「ホールは静かでなければ、本当に小さな音を楽しむことはできません」

そのため、外部からの騒音だけでなく、建物内部で発生する音も徹底的に抑える工夫が施されています。

(画像提供:北九州市立響ホール)

例えばリハーサル室はホールから離して配置しています。ホールの扉は二重構造に。さらにホール直下に駐車場があるため、駐車場に遮音のための天井が追加されています。空調設備にも消音装置を設置し静けさを確保しています。

「空調よりも今日使っているプロジェクターのファンの音のほうが気になるくらい静かです」

そう語る石渡さんの言葉からも、見えない部分にどれだけ多くの工夫が詰め込まれているかが伝わってきました。

ホールから離れて配置するリハーサル室

また、石渡さんは、遮音計画の工夫の一つとして、中庭の役割についても紹介しました。

ホールとリハーサル室の間に設けられた中庭は、両施設の音が互いに干渉するのを防ぐ役割の一端を担っています。

中庭の様子

その一方で、中庭は演奏者や出演者がリハーサルや本番の合間にひと息つける場所としても活用されており、音響性能だけでなく、演奏する人が心地よく過ごせる環境づくりにも配慮した設計となっています。

舞台も壁も、すべてが「音をつくる」ためにある

響ホールの音響設計は、机上だけの検討で完成したものではありません。

設計段階ではホールの形状や天井の高さ、壁の角度などを、コンピューター上での3Dモデルを用いた反射音の到来状況のシミュレーションを何度も行い、さらに10分の1スケールの模型を製作。模型の中で実際に音を出し、反射音や残響時間を測定しながら確認が行われたといいます。

「シミュレーションだけでは分からない部分もあるので、模型を使って確認しながら設計されています」

こうした地道な検証の積み重ねが、現在の響ホールの音につながっています。

内装にも、音響を意識した工夫が随所に見られます。

耐火レンガでできた側壁

響ホールならではの壁にはレンガやガラス、鉄など異なる素材を組み合わせ、不要な反射を抑えながら音を客席全体へ均一に届ける設計を採用。

吸音構造を設けた舞台後方

舞台床にはヒノキの集成材を使用。床の下に空洞を設けることで適度に振動し、響きを引き出す役割も果たしています。

また、演奏や演目内容によってホールの響きを調整できるよう、可動式の残響調整カーテンも設置されています。

「一番音がいい席」はある? 来場者から寄せられた素朴な疑問

講座の最後には、参加者からさまざまな質問が寄せられました。

(画像提供:北九州市立響ホール)

石渡さんは「ホール内でも席によって音の印象は確かに違います」と話します。

前方席では演奏者との距離が近いため迫力を感じやすく、後方席ではホール全体の響きを味わえるなど、それぞれ異なる魅力があります。

何度か通って、自分の好きな席を見つけてもらうのが一番ですね」

コンサートを楽しむ新しい視点を教えてくれる回答でした。

冬のコートも、舞台の木材も音を変える

参加者からは、「冬に厚いコートを着ていると音響に影響しますか」というユニークな質問も寄せられました。

石渡さんは、「厚手のコートは音を吸収するので、音響だけを考えればクロークへ預けた方が良いですね」と回答。ただし、服装だけを対象にした詳細な研究はそれほど多くないとも付け加えました。

また、「なぜ舞台にはヒノキが使われるのか」という質問では、京都コンサートホールの設計時にさまざまな木材を比較したエピソードも紹介されました。

松やナラ、サクラなど複数の木材を実際に試した結果、そのときには「ヒノキがふくよかな響きを生む」という評価になり採用されたといいます。

一方で、「木材による音の違いはありますが、まだ体系的に整理された研究はそれほど多くありません」とも説明。経験や実験を積み重ねながら、より良い音を探し続けていることがうかがえました。

舞台後方席の聞こえ方についても質問がありました。

石渡さんは、前方席とは音の届き方が異なるものの、「演奏者や指揮者を間近で見られるのも後方席ならではの楽しみ」と紹介。また、バルコニー席ではガラスの手すりに隠れず、少し前へ体を出すことで、よりクリアに音が聞こえるという鑑賞のコツも披露しました。

響ホールの魅力は「素直な響き」と「音量を受け止める余裕」

講座の後、石渡さんに改めて響ホールの良いところを尋ねてみると、「適度な響き素直な響きというところと、やはり音量を受け止める余裕があるところ。それとコンサートのラインナップですよね」と話します。

一方で、一般来場者からは分かりにくいバックヤードについて、「楽屋も、声楽の方は『クーラーではなくて窓がないと』という人もいるし、音楽祭などで滞在するとなると外が見えた方がいい。こういうところの良さというのも、演奏者に買われているのではないか」とし、「『もう一度来たいホール』と言っていただけると嬉しい」と笑顔で答えました。

開放的な控室

最後に響ホールを訪れるみなさんへのメッセージをもらいました。

「響ホールのスタッフの方がいろいろな企画を立てているので、楽器の違いを楽しんでほしいし、ホールで座るところも色々好みがあるので、たくさん来て、様々な席で楽しんでいってほしいです。北九州国際音楽祭でいうと、美術館など別の場所での響きで音楽を聴くことを楽しんでもらい、それと響ホールでの響きを比べてもらう楽しみもある。いろいろなところに行ってもらうと、また響ホールの良さが分かると思います」

「良いホール」は、目に見えない努力の積み重ね

講座全体を通して印象的だったのは、「良い音」は決して偶然生まれるものではないということです。

建物の形、壁の素材、床材、静けさを保つための音響技術、コンピューターシミュレーション、模型実験──。私たちがコンサートで自然に耳にしている美しい響きは、数え切れないほどの検証と工夫の積み重ねによって支えられています。

普段ホールを訪れるとき、私たちはどうしても演奏者へ目が向きがちです。しかし、今回の講座を聞くと、壁や天井、床、客席までもが「もう一人の演奏者」であることに気付かされます。

次に響ホールでコンサートを聴く機会があれば、ぜひ耳を澄ませながら空間そのものにも意識を向けてみてください。

いつもと同じ一曲でも、「この音はホールが育てているんだ」と感じられるだけで、新しい音楽の楽しみ方に出会えるかもしれません。

(提供:北九州市立響ホール

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