珈琲のある街/珈琲ごゝろ 夜宮珈琲倶楽部「女性焙煎士として生きる」

今や日本を席巻するコーヒーの一大ムーブメント。自宅で過ごす時間が長い今だからこそ、スペシャルティコーヒーを豆から煎れるスロ-ライフを楽しんでみませんか。スペシャルティコーヒーとは、国際審査員の評価で80点以上の点数がつけられた特別なコーヒー豆のこと。そんな豆を北九州で自家焙煎して販売、通信販売もされるコーヒー豆店のストーリーをご紹介します。

#01 リベルタコーヒー「人それぞれコーヒーとの付き合い方が違う」
#02 焙煎屋 森山珈琲「それほどスターバックスが圧倒的だった」
#03 珈琲ごゝろ 夜宮珈琲倶楽部「女性焙煎士として生きる」
#04 自家焙煎珈琲工房ロッシュ「幻の珈琲の味を求めて」
#05 ハニー珈琲小倉店「スペシャルティを根付かせたパイオニア」

礼に始まって礼に終わる/珈琲ごゝろ 夜宮珈琲倶楽部(戸畑区)

可憐な珈琲の花(写真提供・夜宮珈琲倶楽部)

緑深き夜宮の森にむかう店内で、一粒の豆、一滴のコーヒーまでを丁寧に扱う女性焙煎士の松村尊美恵(たみえ)さん。日々些事に追われる大人たちに憩いの場を提供したいと、北九州市戸畑区一枝の地に珈琲ごゝろ夜宮珈琲倶楽部を構え、1990年の創業から焙煎豆とコーヒーのみのご提供というシンプルなスタイルを貫かれています。

―お店の歴史を教えてください。
1983年にマルエム商会として、今は焙煎士を引退した主人(以降、先代)が自家焙煎珈琲豆の卸しと小売りを始め、90年に喫茶を併設した珈琲専門店、珈琲ごゝろ夜宮珈琲倶楽部をオープンしました。

―自家焙煎豆の販売を始めたきっかけは何だったんですか?
先代が、40年ほど前、会社の先輩が煎れてくれた自家焙煎のコーヒーのおいしさに衝撃を受けて、自分でも勉強を始めて、自宅に焙煎所を構えたのが始まりです。

女性焙煎士としての覚悟

―なぜ焙煎士の道に進まれたのですか?
最初は先代の手伝いから始まったのですが、焙煎機に生豆を投入して刻々と変化する色や香り、パチパチと爆ぜる音、焙煎士にしか分からない取り出す瞬間の高揚感。次第に魅せられていって、焙煎士になろうという覚悟が決まったと思います。苦労と言えば、まだ女性焙煎士自体が少なかったですから、コーヒー好きな男性のお客さまから「女のくせに」という冷ややかな目で見られましたね。同業者にもなかなか同じ土俵に立たせてもらえませんでした。数年かかりましたが認めてもらえるようになり、今は女性の焙煎士やバリスタが増えたことで時代は変わったと思います。

―焙煎をやり、喫茶も始められたんですよね。
先代の豆を求めてくださるお客さまが増えるにつれて、大人には自分と向き合う場所、自分自身に還れる場所が必要なのではないかと、その時間に寄り添えるコーヒーをだすことができれば最高ではないかと先代が思い立ったのがきっかけです。

自然と共生して循環する

夜宮公園に臨む店内(写真提供・夜宮珈琲倶楽部)

―確かにインスタグラムを拝見すると、自然に囲まれた環境で、野に咲く花も多く大人が自分と向き合うにはぴったりの空間ですね。
うちのお店が夜宮公園の木々や花から受けている恩恵は計り知れないですね。窓の外が一面の緑で、鳥の声や風の音まで聞こえてきます。だから公園の再開発で近くに駐車場ができると知った時は一晩泣き明かしましたよ。窓からの景色だけではなく、うちのお店はお客さまから「いつも変わらないね」と良く言われます。でも変わらないコーヒーの味を出すには、日々、季節に応じて焙煎具合を変えなければならないんです。木や花ってものを言わないでしょう。でも季節の移り変わりや、空気の匂いや湿度でその日の焙煎具合を自然が教えてくれるんです。焙煎具合はロースターが勝手に決めるものではないと思っています。

―自然に囲まれているからこそ、良い循環が生まれているんですね。では、そんな夜宮珈琲さんのこだわりとは何でしょうか。
一匹狼でやってきたので、こだわりがないことがこだわりと言うか…。扱っているのは全てスペシャルティコーヒーですが、豆の種類を多く置かないことでしょうか。自家焙煎を始めた時から、60㎏単位で入荷する生豆の中の欠点豆を1粒ずつ取り除く作業を行ってきました。味の雑味をなくすだけでなく、コーヒーを煎れた時の色合いを左右する大切な作業です。そうやって豆に手間暇をかけて、焙煎や煎れ方の違いで飲む方の好みに合わせることができると思っています。

コーヒー豆に命を吹き込む

焙煎機に感謝を捧げる(写真提供・夜宮珈琲倶楽部)

―コーヒーの色合いにまでこだわるのは喫茶をやられているからこそですね。それとホームページに焙煎機に祈りを捧げる写真がありますが、あれはどういった意味が込められているんでしょうか?
コーヒー豆に命を吹き込む焙煎機に感謝をささげ、礼を尽くしたいんです。豆に対しても、お客さまに対しても同じで、礼に始まって礼に終わるということです。

難病の子どもたちへマスクを

―とても大切なことを学ばせていただいた気がします。では、最後にコロナウィルスが猛威をふるっています。インスタグラムにマスクチャレンジをされていると書かれてありましたが詳しく教えていただけますか?

*夜宮珈琲倶楽部では、店内に空気清浄剤やアルコール消毒剤を設置し通常営業を行っています。

小児がんや難病を抱えたお子さんに、手作りマスクをプレゼントする「マスクチャレンジ」を縫い手さんたちと一緒に行っています。各地の病院に使い捨てのマスクも合わせて100枚単位で送って、マスク不足で病気の子どもたちがコロナウィルスに罹患しないようにと願って作っています。大きなことはできませんが、誰かのための物が誰かを犠牲にしてしまわないように、できる範囲でやっています。

―1人の思いやりが1人の人に届くことが今は大切なんだと思います。ぜひ頑張ってください。ありがとうございました。

研ぎ澄まし、そぎ落とされた珈琲焙煎

夜宮珈琲倶楽部では、テイクアウトのコーヒーは紙コップで提供せず、タンブラー持参をお願いするなど微妙な味の違いにもこだわっていらっしゃいます。電話口から聞こえてくる松村尊美恵さんの落ち着いた口調は心地よく、答えはいつも迷いがなくて潔い。自然の中でゆっくりと巡る季節の移ろいを感じながら、研ぎ澄まし、そぎ落とされた珈琲焙煎の道もあるのだと教えてくださった素敵な大人の女性焙煎士さんに出会えました。

(編・北九州ノコト編集部)
※5月3日にメールにて取材を行いました。

■珈琲ごゝろ夜宮珈琲倶楽部の焙煎度=中煎り~やや深煎り
■人気の豆=オリジナルブレンド。最近はサントス・トミオフクダも人気

#01 リベルタコーヒー「人それぞれコーヒーとの付き合い方が違う」
#02 焙煎屋 森山珈琲「それほどスターバックスが圧倒的だった」
#03 珈琲ごゝろ 夜宮珈琲倶楽部「女性焙煎士として生きる」
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#05 ハニー珈琲小倉店「スペシャルティを根付かせたパイオニア」

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