可能性を生み出す場をつくる/谷川年郎(スナック&バー「どくろー」運営)
北九州市門司区の出身、谷川年郎さん。
さまざまな場所で人と人とをつなぐ「スナック&バー どくろー」を運営している。
自分は何者なのか、それを自らに問い続けながら歩んできた人生。
多くの失敗を乗り越えて回り道をしながらも、誰もが自らの可能性を感じられる場所の創出を目指して走ってきた彼の活動の原点を探る。
迷い続けた20代、外からの刺激にヒントを得る
ースナック&バー どくろー(以下どくろー)とはどんな場所ですか?
「どくろーは、お酒やおつまみをシェアして人と人との交流を生み出す場。みんなで飲み物や食べ物を持ち寄って楽しもうという単純なシステムです。店には基本的なドリンクは準備していますが、それ以外はお客さまに持ってきてもらいます。魚町銀天街内にあるビルのキッチン&スペースをお借りして、月に10回程度開催しており、性別、年齢を問わずたくさんの方々に利用してもらっています」
ーそのようなシステムで利益は出るのでしょうか?
「ここを始めて2年ほどになりますが、開始当時はたくさんの大人から『飲食をなめるな』『本気でやれ』など、厳しい声をいただくことも少なくありませんでした。ただ、お金儲けが目的ではないので、継続できるだけの収入があればよしとしてきました。私はこの活動を飲食業という括りでは見ておらず、人と人とが交流できる公共性のあるコミュニティとして育てていきたいと考えています」
ー以前から自分で商売をしたいと考えていたのですか?
「実は自分で商売をしようとは考えていませんでした。小学生の頃は料理人になるのが夢でしたが、はじめに就いた仕事は建築関係でした。その後、友人の誘いで飲食店で厨房に立ちました。見事夢を叶えたわけですが、ハードな日々を続けている内に心も身体も疲弊してしまい、2年半が過ぎた頃、心半ばでその職場から去りました」
「その後も20代後半まで職を転々としましたが、なかなかひとつの場所で長く続かない。そんなことを繰り返してると、このままでは社会不適合者になってしまうとの恐怖心も生まれ、自分の将来に対して不安を覚えはじめました。とにかく何かを見つけようと本を読みあさったり、海外に行ってみたり、会いたいと思った方のところに行って話をしたりと、動けるだけ動きました。今の自分の中にはこれからどう人生を歩んでいくかの答えはない。外から刺激を受けて、そこで得られたモノやコトからヒントを得て進んでみようと考えました」
自分だけではなく誰かのために
ーさまざまな経験を経て、なぜ「スナック」の運営をしようと考えたのですか?
「外から得た情報や価値観のうち、自分に合ったモノやコトを掛け合わせていった結果、スナックって面白そうだなと思いました。スナックという場であれば、今まで自分が培ってきたことが活きるのではないかと可能性を感じたからです。これまでの私は自分自身に可能性など感じたことは一度もありませんでしたが、その可能性にビビッときました」
「一般的に『スナック』というとカウンター内にそのお店の象徴となるママさんがいて、常連さんら年齢層の高めのおじさんたちが夜遊ぶ場所というイメージが強いかと思います。ただ、私には単にお酒を飲んだり、歌を歌ったりするだけの場ではないように思えました。アットホームな空間が広がり、ママさんも常連さんも、そして初めてそこを訪れる人も、皆垣根なくフラットに接してくれる。ここでしか会えない人、ここでしか知り得ないストーリー、ここでしか味わえない時間。いつだって新鮮な体験が待っている。そんなコミュニティを自分もつくりたいと思うようになりました」
ー実際にスナックを運営してみて感じたことを教えてください
「私の至らない部分もあり批判やお叱りの声をいただくこともありましたが、続けていると徐々に利用してくれる方も増えてきて、1年後くらいには目指すようなコミュニティ像に近づけてきましたし、少しではあるものの利益も安定して出るようになってきました。またさまざまな縁が重なり、県内外への出張スナックの依頼などもあり活動の幅を広げることもでき、日々楽しく働くことができています」
「ただ、『よし、これからどんどん盛り上がっていくぞ』という矢先に新型コロナウイルスが世の中を席巻しだして。店舗の家賃を払えるだけの収入が見込めない月もあり、もうどくろーもおしまいかなと本気で思っていました」
ーそれでも続けてこれたのにはどんな理由があったのですか
「何かに迷った時や苦しんでいる時に側にいてくれる方や、そっと背中を押してくれる存在など、これまでたくさんの方々に助けていただきました。しかし受けてきた恩を一つも返すことなく、これまできてしまいました。受けた恩をこれから出会った人たちに返していこうという思いがあるので、どうにかしてこのコミュニティは守っていこうと動きました」
「将来を不安に思ったり、先が見えなくなってしまって塞ぎ込んでいたりする人って多いと思うんです。かつての私みたいにもがき苦しんでいる人がいるとするならば、そういった人たちの力になりたい。どくろーはいろんな知識や経験を持った方々が集まる場所に成長してきています。今後この場が誰かの背中を押せるような、いろんな可能性を掴める場になれたらいいなと思っています」
ー具体的には今後どのように運営していく予定ですか?
「以前のように固定費がかかってしまう店舗型ではなく、飲食店やイベントスペースなどの空いた区画を間借りしていこうと思っています。すでに1か所、お声がけいただいたお店があり、9月から定期的に運営しています。お店側も、私を呼び水として使っていただければお互いに得られるものがあると思います」
「場所が変わるとまた新たな風が吹くので、今までとは違った人々たちと出会えることを楽しみにしています。そこに今までのどくろーの常連さんが混ざることで、さらにコミュニティとして魅力を高めていけたら嬉しく思います」
“スナック”にしかない出会いや体験
かつての自身の苦い思いや辛い経験を経て、同じような悩みを抱えた方々の背中を押してあげたいと考える谷川さん。彼の柔らかく暖かい眼差しが、自分の内なる可能性を引き出してくれそうだ。
マンネリしてしまった日々にちょっとした刺激を求めて、どくろーを訪れるのもいいかもしれない。ここにしかない出会いや体験を味わえるのが、“スナック”の醍醐味の一つでもあるだろう。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で苦しい状況が続く中、それでも自らの理想とする場をつくろうと挑戦する姿は、多くの人に勇気や希望を与えている。今後も谷川さんの活動を応援したい。
(北九州ノコト・西方俊宏)
◆谷川年郎さんプロフィール
建築や焼肉店のマネージャー、マーケティングなど多岐にわたる仕事を経験。現在はスナック&バー どくろーを運営している。