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インキュベーションカフェから街づくり会社、そしてタンガテーブルへ/遠矢弘毅さん

(アイキャッチ画像:ゲストの遠矢弘毅さん)

西日本新聞社北九州本社が制作するラジオ番組「ファンファン北九州」。地元新聞社ならではのディープな情報&北九州の魅力を紹介しています。ラジオを聞き逃した人のために、放送された番組の内容を『北九州ノコト』で振り返ります。

ハードルを乗り越え、インキュベーションマネージャーへ

甲木:先週のお話は聞きごたえがありましたね。

梁:ありましたね。人生の気づきについて知りましたね。

甲木:それでは早速ゲストをお招きしたいと思います。小倉駅北口でCafé causaを経営しながら起業支援を行っている遠矢弘毅さんにお話を伺います。遠矢さん、よろしくお願いします。

遠矢:よろしくお願いします。

梁:よろしくお願いします。

甲木:先週は大学入学をきっかけに鹿児島から北九州に出てこられた遠矢さんが、職を転々としながらある「気付き」を与えられたというところまでだったんですけど、ここからは、どうして起業家支援に関わるようになったのかということをお話しいただきたいです。

遠矢:はい。事の始まりは、天神の警固公園の前にあるインキュベーション施設で働いていた時のことです。そこにインキュベーションマネージャーという人々がおられて、この人達は何をする方々なのかなと思っていました。そしたらあるとき僕らが悩んでいると「遠矢ちゃん、ちょっとコーヒー飲み行こうか」と言われて、近くの喫茶店に連れて行かれ、コーヒーを飲みながら「で、どうなの?」と聞かれるのです。「これこれ、…こうです」と答えると「ふーん。……、で?」と、こちらが喋るように質問を続けていくのです。それで、悩んでいることをいつの間にか話しており、そして解決策のところまで自分で言っているように、質問によって持っていかれていました。「これがインキュベーションマネージャーなのか!いい仕事だな」と思っていました。ただ、そういう仕事って、まあ一般的にはあまり知られてなかったし、自分の中でそこそこ印象に残っていた程度だったんですね。そのインキュベーション施設も結局はクビになったわけですし。

甲木・梁:そうなんですね。

遠矢:その後フルコミッション(完全歩合制)の仕事をしていたんですけど、その時に僕が担当していた電気工事会社から、どうやって人を採用したらいいんだろうっていう相談を受けたんです。結果として求人広告を出すことになり、以前勤めた会社の後輩が営業して広告が掲載されました。その広告の下に載っていたのが、公益財団法人北九州産業学術推進機構のインキュベーションマネージャー募集だったんです。行政でこの仕事があるんだと思って俄然興味がわき、よし、応募してやろうと思いました。そうしたら、TOEIC850点以上というハードルが待ち受けていたんです。

甲木:FAIS(公益財団法人北九州産業学術推進機構)はそうですよね。英語ができないと。

梁:なかなかのハードルですね?

遠矢:なかなかのハードルですよ。ただ僕は、本当に高いレベルの英語が必要なんだろうかと思いました。起業家支援で大事なことはマインドやモチベーションを上げていくことだから、英語はあまり関係ないのではと。そこでリサーチに入りました。掲載された広告の営業をしてきた後輩たちに聞いてみると「クライアントさんの要望でTOEICの記載はしましたけど、あまり必要なさそうな気がしますね」という反応。また、起業家施設に入居していた社長が僕の先輩だったので直接会いに行って、「ここの職場のインキュベーションマネージャーは英語を使いますかね?」と聞いたところ「使わないんじゃない?」という答えでした。だから、きっと英語以上に求められる何かがあるはずだと思って、僕は正規の要件を満たしていなかったけど、応募したんです。そしたらちゃんと面接を受けることが出来ました。結局英語は、TOEICが960点だった僕の前任者がいなくなるから、できれば英語が出来た方がいい、などが理由だったみたいで、それで面接にたどり着き、採用に至りました。

甲木:ついてますよね。すごく。

梁:それも、引き寄せてますよね。TOEICにもビビらないといか。

遠矢:そうです。TOEICが本当に必要なのかということが見えたということです。これが表面しか見ない人だと、「あー無理だ」となるわけでしょう。僕は、今求められていることは何か、相手が本当に必要としているものは何かに迫ろうとした、そしてリサーチすることが可能だった、ということがよかったのではないかと自己分析しております。

甲木:それは商売にも言えますね。お客様の求めているのは何かということと同じですよね。

遠矢:そうです。もっと言いますと、本当はお客様がどういう状態になることがいいのかというところまで提案したり、実現させてあげたりできるようになると最高ですね。

甲木:それで面接が上手くいって、見事にインキュベーションマネージャーになられたんですね。しかも公的機関で安定していますね。

遠矢:はい。副業のできない「みなし公務員」になりました。やる仕事はすごく楽しかったです。いい質問をしてあげて、その人のモチベーションを上げたり、気づいてもらったりする仕事だったので、とてもやりがいがありました。皆笑顔になってくれるし、自分の提案によってその事業がうまくなっていくことをたくさん見ることができまして。なんかこれが自分の天命なのかもしれないと思い始めていました。かつては社長というポジションが欲しかった僕が、人が喜ぶ顔を見ていいなあと思える僕になっていました。

甲木:前回も人格が変わったターニングポイントとおっしゃっていましたけど、まさに新しい遠矢さんになられたんですね。

梁:インキュベーションマネージャーとして、月に何社くらいを見ておられたのですか?

遠矢:直接担当していたのは10社くらいです。直接以外では40社ほどあり、分担して見ていました。かなりの数の社長さんたちにお会いしましたね。あとは入居希望の方々のビジネスモデルをブラッシュアップする過程が、いい訓練になりました。いろいろなアイデアをマーケットに受け入れられるかについて一緒にリサーチしていくのですが、そこでは一流の会社が出すレポートも見ることができ、いろんなことが蓄積できました。

そして独立し、インキュベーションカフェを開業

甲木:でも「天命」と思いながらも、そこに長くは留まらないんですよね。

遠矢:留まらないんですね。これが。

甲木:どこへ行く?遠矢さん。

遠矢:公務員であるがゆえに、規約など書類を作る仕事が多かったんです。書類を上司に提出すると修正指示が返ってきますが、その赤文字を見たら「てにをは」の修正なんです。

甲木:役所ですから。

遠矢:それで「いや、これはオレはやれないな」と思い、独立を考え始めたんです。それで2009(平成21)年の夏、ある民間の起業家支援団体でバーベキューをしている時に、ある人が「そういえば来年平成22年だね。平成22年2月22日というとても語呂のいい日があるんだけど、その日誰か何かしないの?」っていう話になり、そこで「その日に僕はインキュベーションカフェをオープンします!」と宣言したんです。

梁:へえ~。その場で…。

遠矢:そう。その場で言っちゃいました。ただあまり現実的というわけではなく、なんとなく場を盛り上げようとして言ったことは確かなんですけど。当時の私の生活は規則正しく、朝活として4時に起きてブログを書いてランニングをして、シャワーを浴びて会社に行くという、「意識高い系」だったんです。マーケティングに関するようなことをずっと書いていたブログで11月30日、「私は来年の2月22日にインキュベーションカフェをオープンします」と宣言しました。つまり公務員でありながら、その任期中にカフェをオープンしますとブログで意思表明したんです。そこで自分のスイッチも入って、12月1日から昼間の仕事の後、夕方から物件を探し、一緒にやってくれるスタッフを探し、メニューをどこに頼むかなどを一生懸命に考えて、3カ月で何とかしなきゃいけないという状況に自分を追い込みました。結果として出来たわけで、準備も整ったのですが、本業の財団(FAIS)から副業の許可が下りない。公務員だから副業は出来ないようになっていたんです。そんな時に当時の財団の専務と飲む機会があって、「そう言えば遠矢さん、カフェか何かやるって話し、あれどうなったの?」と言われ、「兼業の申請しているんですけど、許可が下りないんです」と伝えたところ、翌朝には許可が下りました。変な利益を求めようとはしていないという事業内容が認められたのだとは思いますが、公務員の身分でお店を出すことの許可がもらえたことで「何事もあきらめなかったぞ」という気持ちでした。

甲木:本当ですね。どんどん前例を覆していますね。TOEICもそうでしたし。

遠矢:このときの財団の理事長が阿南惟正(あなみ これまさ)さん。第二次大戦時の陸軍大臣 阿南惟幾(あなみ これちか)さんの息子さんなんです。

梁:へえ~!

遠矢:はい。お父さんが切腹で亡くなりましたという人から辞令をもらうわけです。辞める辞令をもらう時の阿南理事長の目が怖かったです。

甲木:そして、無事に2月22日にカフェがオープンするんですよね。そしてFAISもその後、お辞めになったんですか?

遠矢:はい。

梁:カフェと兼業の期間は短かったんですか?

遠矢:はい。1カ月ちょっとでした。3月31日までは勤務して、昼間働いて、それから店に出て夜中まで営業して、翌日は朝から普通に出勤し事務作業という日々でした。でもワクワクしていたので楽しかったです。

甲木:そうですよね。新しいことを始めているわけですからね。そこからリノベに入っていくんですよね?カフェ経営だけに飽き足らず。

遠矢:結局、おもしろい情報が集まるようになっていたんです。うちのカフェがオープンした2010年2月の後、6月に鹿児島にマルヤガーデンズという百貨店をリニューアルさせた施設がオープンしました。その企画をした人達というのが面白くて、その中に山崎亮さんという方がいて、鹿児島から大阪に帰る途中にツイッターで九州工業大学の徳田光弘さんという先生とやりとりを始め、山崎さんは小倉で途中下車して徳田さんと食事する約束をして、誰か一緒に行く人がいないかツイッターで誘っていました。その誘いに応じた女性が、山崎さんとも徳田さんとも友達ではなく、ただ山崎さんのファンであるという人だったんですが、その方が山崎さん・徳田さんを夕食に連れてきた場所が僕の店だったんです。女性は踊りの師匠さんで、和服姿のキレイな方でした。それで、うちの2階のフリースペースを見た山崎さんが、「あ、マルヤガーデンズの縮小版ですね。我々が企画したものとコンセプトが一緒ですよね」と言われ、私も「そうですよね~」と返しとても盛り上がりました。盛り上がったその人たちというのは、リノベーションとかの先駆者達だったんです。そして、時を同じく2010年から北九州市も市街地活性化のために新しいことをやろうとしていた。東京で問屋街をアートで再生した、アフタヌーンソサエティの清水義次さんという方がおられて、この清水さんを中心に北九州の新たな街の再生計画を立てていこうとなっていたんです。それを「小倉家守構想」と言いまして、検討委員会が2010年から始まりました。その中に徳田光弘さんや山崎亮さんもうっすら絡んでいたから、僕に情報がどんどん入ってきたんです。聞いてみるととても面白そうで、関係する講演会やセミナーに参加していたら、全国初のリノベーションスクールが北九州で行われることになり、その検討委員みたいなものに僕もなっていくという流れになりました。そうして僕がリノベーションに関わるようになっていくんですね。

甲木:なるほど

遠矢:はい。リノベーションスクールを説明しますと、実存する遊休不動産をどう使えば、そのエリアの価値が高まるか、3日間かけて全国から集まった受講生と講師でプランを作り、オーナーさんにプレゼンするんです。

梁:面白いですね!

遠矢:面白いです。実存する不動産ですからね。第1回のときは5つの案件に対するプランが出され、どれもとても評価されたのですが、実現できなかった。理由はオーナーさんがお金をかけたくないとか、提案にあったシェアハウスなどについてあまり理解されていないとかでした。でも清水義次さんはそこも想定済みで、オーナーはプランをなかなか実現できないだろうから、それを実現するために中間に入る街づくり会社をつくることになって、2012年4月に「北九州家守舎」の設立に至りました。

甲木:その、北九州家守舎の中での遠矢さんの立ち位置は?

遠矢:代表取締役です。

甲木:社長になりましたね! それで、タンガテーブルなんですね?

遠矢:そうです。タンガテーブルはそれから5年くらい経ってからのプロジェクトです。北九州家守舎でコワーキングスペースやシェアオフィスを作ったりする中で、この街にはイケてる宿、センスの良さを発信できるような宿がないよね、と言っていると、たまたまホラヤさんのビルのワンフロアが空いていたので、そこにタンガテーブルを作ろうということになりました。

甲木:あの、神嶽川沿いのね。話題になりましたね~。畳の形とか、デザインも素敵ですよね。

遠矢:テーマはブリコラージュと言って、組み合わせによって新しいものを作っていくことなんです。

甲木:哲学的ですね。

遠矢:はい。だから壁の装飾には波佐見焼や、扉みたいなものを加工して付けるなど、いろいろ工夫しながら作りました。デザイン的にも面白いし、一番のポイントは地域の人も集まれる大きなテーブルを持った場所にしたいこと。地域の人や宿泊者がうまくミックスできるようになったらいいねという思いがあったんです。その頃、北九州は韓国のエアラインが直行便を出し、すごい数の方が泊まっていただけるようになっていたんですけどね。

甲木:そうですね。コロナの前まではね。値段も比較的安かったし。

遠矢:そうなんです。一泊2900円ですからね。ドミトリーで、二段ベッドだから安いんですけど。でも日韓関係の悪化やコロナでインバウンド需要も全くなくなったので、本当に今タンガテーブルは踏ん張りどころで、いろいろ工夫しています。

リノベーションで街を変え、人を変える

甲木:そういう大きな施設だけではなくて、商店街自体、魚町銀天街の横の通りとか、とにかく街の景色をどんどん変えていらっしゃる、それが凄いなあと思っています。

遠矢:それが、結局リノベーションスクールというものから生まれたプロジェクトで、そのエリアにとって大事かどうかという視点で考えてやっていっているから、町の景色が変わっていくんです。街づくり会社は実はあまり収益が上がらない業態で、だからこそ今まで使えなかった人達が使うことができる物・場所を提供することができるので、兼業じゃないと成り立たないんです。

甲木:そうですよね。それだけでは食べていけないですよね。

遠矢:はい。だから北九州家守舎の取締役は4人いて、1人は建築会社、1人は飲食店経営、残りの2人は大学の先生、そんな構成でした。だからやっていること自体が公共に資するようでありつつ、株式会社として利益も追及していく、なかなか舵取りが難しい事業体ではありました。

甲木:でも今となってはまさにSDGs未来都市の北九州に相応しい事業ですね。

遠矢:そうですね。いい流れだと思っています。僕たちもノウハウを全然独り占めせず、すべてをオープンにしていますから、似たようなことをする人たちが若松や黒崎とか門司に現れていくことが嬉しくて。いろんな事業って真似されてなんぼだと思うんです。その中で自分達も切磋琢磨しながらやっていこうと思ったし、いろんな地域を盛り上げるぞという人達が出てきたのは嬉しかったです。

梁:それこそファンファンに出演いただいたポルトの菊池さんもそうですよね?

遠矢:そうそう。菊池君がやっているポルトは元々「トゥネル」という物件で、計画段階から関わりました。ポルトと門司中央市場との連携など、いろんな人たちが地ならしみたいなことして、その結果、その中で活躍できる若い人たちがやっと、出てきたという感じです。

梁:あー、なるほどですね。

甲木:遠矢さんの次の世代がどんどん育っているという感じですよね。そこで言いたかったことは、リノベーションって街を変えてくことですけど、それと同時に人を変えてるんですよね。だからそれはカフェという拠点があって、そこで人を結び付けられたりできることも、大きいんじゃないかなと思うんです

遠矢:そう思いますね。みんな一歩踏み出すっていうところでなかなか勇気が出ないけど、踏み出した人と話をしてみるとか、「踏み出そうと思ってるんだよね」みたいな人達同士で話したりする中で、「あ、やってみれるのかもしれない」となったりします。僕らの会社みたいなのは、そういうステージを一応用意してあげるっていうことだから。「ここに乗っかったらいいじゃないの」という提案みたいなことができるんです。おそらくですけど、本当に北九州は、小さなビジネスだけれども、自分でやってみようみたいな事業主の数の上昇率は、ほかの町とかよりも高いんじゃないかなと思います。あまりそういうデータないみたいだけど、とってみたら、意外と高そうな気がするんですよね。あと、確かこの番組に出たと思うんですけど、落語家の橘家文太くんもこの街に帰ってきて、「落語できる場所はないか?」と聞かれ、「それならcausaがあるよ」と言って。一番最初に来たのはうちの店なんです。落語はうちの2階で「causa寄席」として毎月やっています。

梁:へえ!それは、行かないといけないですね。

梁:行きましょう!

甲木:話しは尽きないのですが。あと「causa」という名前の由来を教えてください。どういう意味なのでしょう?

遠矢:causaはラテン語で「きっかけ」ですね。英語で言うbecauseのcauseで、理由とか原因のことで、何かをやるきっかけになればいいなという思いでした。最初はcauseとしたかったんですけど、先輩のブランドと被ったので、causeの最後のeをaに変えるとラテン語で同じ意味だとわかったので、causa、とつけて、読み方はわからなかったので「カウサ」ということにしました。

甲木:いや、かっこいいですね。

梁:かっこいいですよ。まだ聞きたいことがまだありすぎて、放送時間では足りないので、causaに通って、聞きにいきましょう。

甲木:行きましょう!

梁:人生の大先輩として、いろいろ相談したいこともありますし。遠矢さんは人と人をつなげたり、いろんな事業をつなげたり、そういうことの天才ですよね。その辺もこう見習いたいなと思ってですね。で、まずは聞く力かなと思っております。

甲木:ありがとうございました。2週間に渡り、カフェcausaを経営しながら起業家支援をしている遠矢弘毅さんにお話を伺いました。遠矢さん、ありがとうございました。

遠矢:ありがとうございました。

〇ゲスト:遠矢弘毅さん(インキュベーションマネージャー)

〇出演:甲木正子(西日本新聞社北九州本社)、梁京燮(同)

(西日本新聞北九州本社)

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