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門司港の築古アパートの壁に大学生が描くミューラルアート まもなく完成

ある日、編集部に届いた1通のメール。門司港の築古アパートの壁をキャンバスに大学生たちが絵を描いているという情報を見て、さっそく現地へ。

お目当てのアパート「COBOLmoji」は、門司区花月園(かげつえん)というエリアにあり、門司中央小学校のそばに位置しているのですが、実は筆者が通っていた小学校が門司中央小学校なのです(当時は門司小学校)。

小学生の頃、毎日通っていた通学路を歩いていると、それらしき工事中の建物を発見。長年会社の社宅として利用されてきたというRC築47年の3階建てアパート(6戸)を目の前にしてようやく気付いたのですが、偶然にもこのアパートは幼い頃に何度も遊びに来たことがある懐かしい場所だったのです。

アパートの外壁に芸術的要素をプラスし、建物に“個性”を与える

今回の「ミューラルアート(壁画)」(※許諾を得た壁に描く作品のこと)について、まず話を聞いたのは、2020年11月からDIYで「COBOLmoji」のリノベーションを進めているという今橋智恵美さん。学生時代を過ごした北九州市の活性化を願い、北九州で使われなくなった物件を再生するための活動を行っています。

「このアパートが築47年と聞いた人の多くは、壊して新しく建て直すことを考えると思いますが、構造的にはまだまだ住むことができる建物を壊してしまうのはもったいない。リノベーションし、『COBOLmoji』として物件を再生することにしました」と話します。

今回リノベーションするにあたり、アパートの外壁に芸術的要素をプラスして、建物に“個性”という付加価値を与えることができればおもしろいのではないかと考えた今橋さんが、「アパートの外壁に絵を描いてみないか」と大学生たちに声をかけたところ、九州産業大学(福岡市)に通う2人の学生、芸術学部2年生の村上淳志さんと建築都市工学部2年生のAZANA(字)さんが手を挙げました。

AZANAさん(写真左)と村上淳志さん(同右)

大学では同じ美術系サークルに所属し、村上さんは油彩など、AZANAさんはスプレーやペンキを使って壁に絵を描く「グラフィティ」と、それぞれ表現活動を続けてきた2人は、顔見知りではあったものの、特別仲がいいというわけではなかったそう。

今回のミューラルアートに関しても、2人とも最初は自分1人でやるつもりだったと言います。しかし、「絵のジャンルや使う画材など違うことをやってきた2人がお互いの表現を重ねてみたら…。一緒にやったら面白いのではないか」と気付き、一緒に挑戦することを決めた2人。今回の作品のメイン担当を村上さん、アシスタントをAZANAさんが務めるという役割分担で、昨年12月下旬から現地での作業をスタートさせました。

「鉄の街 北九州」をイメージし、大学生2人が作り上げるアート作品

外壁は2人に任せ、最低限のことしか言わない方がいいと考えた今橋さんは、「期日」と「テーマ」だけ彼らに伝え、後は自由にやってもらおうと決めたそう。そんな今橋さんが壁画のデザインに関してリクエストしたのは、「鉄の街 北九州」「新日鉄(現・日本製鉄)」「八幡製鐵所」。北九州市出身ではない村上さんはテーマについて調べていく中で、「鉄→作業員→パイプ」「作業員→かっこいい」「パイプ→いっぱい」といったことを連想し、デジタルでデザイン画を完成させました。

画像提供:今橋さん

タブレットで作ったこのデザイン画を何百倍にも拡大して、ビルの壁という巨大なキャンバスに描いていくわけですが、驚くことに、壁に下絵を書くこともグリッド(基準となる線)を引くこともなく、村上さんは感覚だけで直接壁に描き始めたそう。しかも作業員の顔の部分からいきなり書き始めたと聞き、再度ビックリ。「失敗したら消してやり直せばいい」と言いますが、案の定「描き始めたら壁の幅が思っていたのと違っていた」と最初は失敗。「そのまま描き続けたら、絵が壁に全部入らないと気付いてやり直した」と笑います。

また、実際に壁を前にした時に「作業員の顔の向きを反対に変えた方が絶対良くなる」と感じたそうで、デザイン画をデジタルで反転させ急遽変更するなど、その場で考えながら自分が納得いくまで作業していると言います。

使う色は「白」と「黒」の2色のみで、単色で使ったり、2色を混ぜて色を作ったり、色をなじませてトーンを変えたりしながら、絵に表情を与えています。

そんな村上さんを、ペンキやスプレーの扱い方、壁への描き方、建築を学んでいるからこそできる寸法取りなど、さまざまな面からAZANAさんがサポート。互いにより良い作品を生み出したいとの思いから、時には激しい議論になることもあるそうですが、長く引きずることはなく、いい形で作業を進めることができているそう。

経験したことのない巨大な壁を前に、どうやって作業すれば効率いいのか最初は全然分からなかった2人ですが、遠く離れた場所からAZANAさんが1分ごとに写真を撮って送ることで問題を解決。AZANAさんからスマホに届く写真を確認しながら村上さんが調整を重ねるという手順を始めてから、飛躍的に作業効率がアップしたと話します。

写真を送るために離れた場所で待機するAZANAさん(画像提供:今橋さん)

アートユニット我楽多「『 COBOLmoji』は僕らにとっての『エピソード0』」

妥協することなく、期日までに作業を終えるため、泊まり込みになることもしばしば。最初は何をやっているのかと心配そうに見ていた近所の人たちから声をかけられる機会も増えました。

「作業の中で大変だったことは?」という質問に、2人から返ってきた答えは「天気」。「雨で濡れるとペンキが落ちてしまうし、風が強いと危なくて作業できないから」と言います。それを聞いた今橋さんは「最初の頃は『雨が降ったら作業できないよ。ダメだよ』と声をかけても、この子たち全然聞かないんです。壁が濡れているのに我慢できずに作業して、失敗してやっと分かってくれました(笑)」と当時を振り返ります。「雨でも構わず作業して、翌日来たら描いたものがなくなっていた」と、苦笑いの村上さんとAZANAさん。

「大きな失敗は?」と尋ねると、「“失敗”という捉え方はしないです。失敗した時はやり直せばいいし、ダメな時はもっと考えて調整していく。成功するための要素だと思っているから」とAZANAさん。「成長し続けるためには、新しいことや難しいことの方がいい。“うまくいきたくない”っていうのが本音。“こなしてる”っていう感覚が嫌なんです」と続けます。

今回の作業を通じて互いの考え方・存在を認め合った2人は、これを機にアートユニット「我楽多(ガラクタ)」を結成。「『COBOLmoji』のミューラルアートは、僕らにとって“エピソード0”。ここから2人でさまざまな作品を手がけていきたい」と話してくれました。

「COBOLmoji」ミューラルアートの制作過程は、Instagram(村上さんアカウント@atsushi_paint、AZANAさんアカウント@azana_graff、我楽多アカウント@garakuta_one)で公開中です。

壁画の完成は2月末頃を予定

大学生2人が取り組む巨大なミューラルアートを見て、「外に負けないように室内のDIYも頑張らなければ」と気合を入れ直す今橋さん。

「外壁に絵を描いたりすると建物が後々売れなくなると言う人もいますが、面白い景色になるし、街の活性化につながると思うので、『COBOLmoji』のような建物を北九州に増やしていきたい。絵・芸術が身近にある環境を増やしていろんな人に見てもらえるよう、また、アーティストたちの表現の場所を広げるためにも、“壁”という概念を壊していきたいです」と思いを語ってくれました。

なお、「COBOLmoji」のミューラルアートは2月末頃に完成予定とのことです。

◆COBOLmoji 門司区花月園1-23

(北九州ノコト・植田詩生)

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